IQ研究所

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近況報告 コロナ自粛期間の歩みⅠ

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こんな綺麗な机やったらいいな


7月の勉強の進捗を書いていく。

 

5月から大学が再開したのだけど、この3か月間は毎週その週の宿題をするだけの毎日だった。

 

特別宿題の量が多いわけではないけど、僕はレポートに人一倍どころか人三倍くらい時間がかかってしまうので大変苦労した。

 

昨日をもって、一応大きなレポートの宿題は何とか終わって、あとは練習問題を5つほど解くのみ。

 

コロナで自宅学習が続き、2月の春休みから丸々6か月をほとんど家で過ごしたことになるが、勉強・学びに関して理解が深まったことが2点ある。

 

1つ目。自分の力量を見定めて、今自分は何をすべきなのか、目標を定めた上でことにあたるべき。

 

これは某理Ⅲユーチューバーの方が言っておられた(はずの)事で、勉強の効率の悪さを痛感している僕にとっては刺さる言葉だった。

 

これは学問か勉強かでいうと、勉強に強く当てはまる言葉だと思う。

もちろん学問にも当てはまるけれど、僕の考えでは学問においては、目標が(わかりやすい形で)確定する場合ばかりではないのでどちらかと言うとこの言葉は勉強の方につよく当てはまる。*1

 

少し勉強に自信がある人は、自分の実力を過大評価しやすい。

特に大学生ならば、高校までのように比較対象が身近にいるわけではないから、過大評価が加速する傾向にあると思う。

 

僕も御多分に洩れず「やればできる」と考え続けてきた口だ。

理解できない概念に遭遇しても、いつか分かると良くも悪くも変な自信を持っていた。

 

でもそんな状況が数年続き、次第に今のやり方では勉強したこと大半が未消化のまま終わってしまうと思った。

 

講義で理解できなかった事は、期末レポートを書く時点で理解できていないままで、「やればできる」の「やる」がいつになっても来ない状況になっている。

 

で、実際に「やって」みれば「できる」のかと言うとたいていできない笑

それを無意識に分かっているから実践するのを避けている、というのが実情だろう。*2

 

今の僕はスタイルにこだわるよりも着実に知識をつけたい。

 

テスト前に「全然勉強してないキャラ」を演じすぎて、ほんとに「勉強できない人」になってしまっている感がある、とでも言えばいいかな。

 

もう体裁どうこうのはなしじゃないな、と言うのが素直な気持ち。

 

そして、一回自分を客観的に見てみようと思ったわけだけどこれがすごく難しい。

 

客観的な指標を用いれば自分を客観的に見たことになるかと言うとそうでもないみたいだ。例えば10点満点のテストで5点しか取れなかった、という非常に「客観的な」情報だけでは自分の現在の実力を正確に知るには足りないだろう。たぶん、情報の量が足りていない。

 

どんな問題を正解し、間違い、どんな準備を、どれだけして、その結果が出たのかをまず把握する必要がある。それを把握したうえで、自分が試験等の目標達成のためにつぶしておかないといけない苦手を考えて、次に実際のプランを練る。

 

ここまでが自分を客観的に見る、と言うことだと現時点で僕は考える。

 

結構大変だ。変わるのはいつでもいいけど、できるものなら早く変わる方がいいだろう。

 

長くなってきたので、続きは別の記事に書く。

 

おわり

 

 

 

 

 

 

*1:学問と勉強を同じものだと感じる人もいるかもしれない。ザックリいうと「学問」は新しい知識を発見する営み、「勉強」は既存の知識を自分の中に蓄える営みだと僕は考えている

*2:ほんとに「やればできる」人もいるだろう。僕はそういう人の考え方を否定する気は全くない。むしろアウトローな感じがしてカッコいい。